情報はどんな金銀宝石にも勝る。


「…と、思わない?」
向けられた話に、そうですね、と曖昧に返した。
最近成り上がったこの金持ちの青年。黒髪に混ざる金髪。
「それで、こちらの商品は?」
「あぁ、もちろん全部買うよ。欲しがりの子猫が何匹もいてね」
首輪、手錠、鞭。その他趣味の悪い色々な玩具。


「これからもよろしく、バッカニア商会さん」


***


「……と、いうことなんですけど」
ウォンツの話した経過報告を車椅子の青年は黙って聞いていた。
後ろに控えてる彼の妻は微笑んだまま立っている。彫像のように微動だにしないことがウォンツに無機物と錯覚させる。
「いや、じゅうぶんさ」
欲しがりの子猫が何匹もいる。その台詞だけで収穫はあったと欠けた脚の彼は微笑んだ。
「やっぱり囲ってんだな。しかも複数」
決定的だ。車椅子の横に座る女サクリエールが手を叩いた。変態ペド野郎、と唾を吐く。
「シトラ、行儀が悪いよ。…報告は以上かな。それなら、あとはこちらが引き受けよう」
穏やかに微笑む顔は、サクリエールの凶暴さなど微塵も連想させない。
けれどその目に恐ろしいほど冷たいものを灯している。
温厚な顔に残虐さを宿す車椅子の青年は紙に何かを書きつける。それを執事に渡した。
「話は以上だ。…これからも頼むよ」
「もちろん。ごひいきにー」


「ヴェス」
ヴェステルの実家の書庫で書物をあさっていたら、お義兄さんがボクを呼び止めた。
幻肢痛とその対処について書いてある文書から顔を上げる。お義兄さんは珍しくお嫁さんを連れてなかった。
こういう場合は決まっている。仕事のお話だ。
「実行?」
話を先取りして聞くと、頷かれた。
「わかった、じゃ、今夜にでも仕掛けるね」
腕が鳴るなぁ。そう笑ったボクの顔は、たぶん、すっごく悪い顔。
ぱたりと翼膜がはためいた。


***


そして、あっさりと。
事態は物足りないくらい簡単に収拾した。ボクが囮としてそこに飛び込むまでもなく終わった。
ウォンツが、バッカニア商会が売りつけた数々の物品にはすべて発信機と盗聴器が仕込まれていて。
それを即日使用した成金はボクらにすべて筒抜けになって。暴かれた地下室と助けられた子供たち。
拉致誘拐と監禁と、あとなんか色々な変態的な行為の罪と。そしてとっ捕まった。
「さて、ここからが本番だ」
お義兄さんは笑っていた。残酷な笑みだった。
「去年までろくに家名さえも知られてない男が、いきなり成り上がった理由を調べないとね」
つまり、何処からお金が出てきたのかってこと。
何もないとこから一気にたくさんのカマが出てくるなんてあり得ない。しかも、年内以内で。
カマってのは労力の対価としてもらえるもの。じゃぁ、その労力ってのは何か。
「ヴェス、君は見ない方がいい。エニリプサの本能が疼いてしまうから」


夜の風は冷たくて心地良い。髪を走り抜ける風の感触を目を閉じて確かめていると、父に呼ばれた。
「ヴィス、仕事だよ」
要人暗殺か裏工作か。何かと問うと否。拷問だという。情報を吐かせろということらしい。
私は人殺しに特化している。人を死に至らしめる方法を知っている。言い換えれば、どうすれば人は死なないかを知っている。
だから私が選ばれたのだろうか。獄卒など他に適任がいるだろうに。
感情の薄いと言われる瞳で父を見る。場所はブラクマールの塔の地下。吐かせる手段は問わない。
「…了解」
結局、私の選出理由は教えてもらえなかった。
しかし、後にそれを知る。


「や、ヴィス」
「ご無沙汰、シトラ」
担当してる物事こそ違えど、同じブラクマール所属。仲が良くなるのは自明の理。
そのおかげで私とヴィスはそこそこつるむ仲だったりする。仕事でもオフでも。
こいつが一回死ぬ前に、ボンタに拉致られた時に、助けに行ったのを覚えてないって言うけど、たぶんきっとこいつは覚えてる。
んで、ヴィスが来ると何でそわそわすんだ、ウチの末の弟は。
「…それで、誰を拷問にかけるって?」
「あぁ、それかい。こっちこっち」
あの変態ペド野郎の気持ち悪い楽園はブラクマール内部で起きた事件だから、ウチの担当だ。ウチは民兵なんだよ。街の内部警備が仕事。
ボンタとの戦争のことになるとまた部署がちょっと違う。戦争自体には兵卒として狩りだされるけども。
「まー、拉致誘拐とかそのへんはウチで洗えるからいいんだけどさー」
気になることがあってね。地下に繋がる階段を下りながらヴィスに説明する。ヴィスは黙って聞いてる。
はっきりとさせないまま、適当に言葉をふわふわ漂わせながら地下の最下層に下りる。
ここまで来れば、誰も話は聞いてない。聞こえない。見張りの獄卒はウチの息がかかってる。
「…あの変態をボンタのスパイに仕立ててほしいんだ」
ボンタへ情報を流し、その見返りとして大量の資産をもらった。そのカマで成り上がり、異常性癖を露出した。
兄貴の筋書きじゃそうだ。兄貴の、じゃなくて、ブラクマール上層部の。権謀術数の足切りだ。
その設定された筋書きになるようにしてほしい。
自分はスパイですと自白させればいい。自白さえすれば、物証はこちらで揃える。揃えられる。汚いことに。
捏造でいい。ブラクマールの民間に知らせる情報はそれでいい。真実は一部だけが知っていればいい。私だって知らない。知らないということになってる。
要人暗殺を得意とする彼女の家は、ブラクマールの薄暗いところも知っている。だから、この設定を仕立てあげる獄卒役に選ばれた。
「了解」
死の闇も知っている感情の薄い瞳は、何も動揺することなく尋問室の扉を開いた。


男。審問椅子に座った人物を見て、私の身体は硬直した。
しかしそれも一瞬のこと。無言で近付く。シトラは隣で見ている。記録係の獄卒が記録の道具を持って待っている。
自白させれば獄死させてもいいと言われている。否、自白しなくとも構わない。
もう既に筋書きは完成していて、後はその通りに全ての辻褄を合わせるだけ。
何をしてもいい。例え、自白を引き出すより前に死んでも。
「シトラ」
「なんだい?」
「どんなことも出来そうな気がするよ」
そしてそれに一切の容赦も慈悲は無い。成程、だから私が選ばれたのか。

「爪」

「耳」

「鼻」

「足の腱」

「腕」

「内臓」

数日が経った。拷問と称される全ての行為が終わる頃、男は動かなくなっていた。
人間と呼ぶにはあまりにも歪な物体が審問椅子に置かれていた。
制作途中で失敗が露見して放置された等身大の人形のよう。
「わぁ……えげつな……」
様子を見に来たシトラはそれだけを呟く。
あまりの凄惨さに5回ほど交代を要した記録係の残した文章を見、十分だよ、と指を立てる。
「ナイス訊問。さすが宵風」
「…その名前はもう引退したよ」
これで役目は終わった。私は地下室を後にした。


***


「…さて、これで終いだ」
車輪を転がして、車椅子の青年は笑う。
権謀術数の足切りは終わった。真実は伏せられ、虚偽の告知が市民になされる。
「兄貴、聞いてもいいかよ」
奔放な弟が青年に訊ねた。なんだい、と彼は穏やかに訊ね返す。
「なんでアイツだったんだ? 他にキープしてる足切りはいんだろ」
終わらない戦争に辟易する市民のガス抜きのために、たまにこうやってニュースを作る。
そのためのネタはいくらでもあって、そのための駒はそれ以上にある。
戦争は終わらない。終わらせてはいけない。終わったら、戦争で成り上がったこの家が没落する。
だから戦争は終わらない。講和を目指す人物は潰して、戦いを煽る。戦火は揺らぐ炎の下。
そのためにこの青年は全てを戦火にくべる。争いの炎を大きく燃え上がらせる。それをすることに躊躇はない。
「あぁ。簡単だよ」
あの駒を選んだ理由など至極簡単だ。
それは、気晴らしに妻と下町に散歩に出た時の話だ。
銀行前でたまたま見かけた義弟は、男に声をかけていた。
あぁ、商売中か。それならこちらが声をかけてはならない。商売に差し支えるだろう。
そう思って離れた青年の耳に聞こえた男の声。


「可愛い義弟を賞味期限切れだと罵ったので、つい」