それは、ある日の戦闘でのこと。
「みんな、がんばってー」
ボクが刺激のおまじないを唱える。拡散した呪文は神経の伝達速度を上げて行動回数を増やす。
「ひゃはははははは!!!」
ヴェステルが血の狂気に浸る。真っ先に敵陣に突っ込んでいったヴェステルの後にシャアラとヴィスが続く。
炸裂するトラップにひらめくダガー。風のように流れる二つの影はいっそ綺麗だなって思う。
「にゃっふぅ、待ってよぉ!!!」
シャロンが後を追う。
踏み込んだ勢いで跳ね上げた足元の石がシャスールの目に飛んで行ったのは、たぶん、わざと。避けたけど。
「突っ込みすぎですわよ」
「…まったくな」
シャルロッタとシアランが嘆息する。ターレットを何処に設置するか決めかねているみたいだった。
あんまり敵に近すぎると、戦闘に巻き込まれて壊される。遠すぎると味方への誤爆が怖い。
距離を測り機を計り、そしてようやく岩場の影にバリスタが設置された。
「乱戦って困るんだけど」
「クラには関係ない話だろ」
爆発の矢でみんなを巻き込むから射れないと膨れるシャオリー。
その発言を狙いが定まらないと勘違いしてフォローを入れるシャスールと。
噛み合ってないなぁ。そう思いながらシャアラにヒーリングのおまじないを。
「シャス、やって」
「仰せのままに、女王様」
あ、そこは意思疎通できるんだ。痙攣の矢がゴッブモスの足を止める。
「トドメは女の子だからねー」
チャレンジの存在を定期的に示しつつ片っ端から回復していく。割と追いつかない。
ゴッブリーモスの反射ダメージが痛いんだよねぇ。シャアラはしょっちゅう忘れて反射を受けてる。
「やっちまえねぇのは面倒だな、っと!」
血の狂気から醒めたヴェステルはゴッブモス戦士の眉間にシトラスダガーを。
ぎりぎりのところで止めたそれを貫く槍の一撃。壊れるチャレンジ。
「なにやってますのよ、もう!」
「ごめんごめん」
怒るシャルロッタと謝るボクと、申し訳なさそうなボクの相棒、アストゥルーブの騎士。
へぇ、男なんだ。覚えておこう。まぁ騎士ってついてるから男なんだろうけどさぁ。
「よっしゃ! やっていいんだな! オレはやるじぇえええええ!!! あっ、ぐえっ!!」
シェヴィが奇声をあげて突っ込んで、ゴッブモス戦闘隊長の突進に轢かれていった。
馬鹿じゃないの。


それから、数週間。新しくできた相棒という存在が馴染んできたころ。
不意にひとりになった。ヴェステルは家の手伝いで長く不在をしている。
行ってらっしゃいと言ってから2週間が過ぎていた。この長さはきっと、ボンタとブラクマールの境で殺し合いをしているんだろう。
そんなことを考えながら、寒さに耐えつつアルマナクス寺院の前に立つ。
寺院の中は暖房があって暖かいのだけど、そこで客引きをやったら怒られて追い出されたから、外で。
「…誰もかからないなぁ」
外は寒くて、道行く冒険者たちは足早だ。ボクなんか見向きもしない。
不漁が続く。今日も一人寝かと思うと気が重い。
「…あ、そうだ」
良いことを思いついた。さっそく実行しよう。
ボクはザアップにカマを投げ込んだ。


今日は独りなんだなと揶揄する春宿の主人に、後から来るんだよと言い添えてカマを渡す。
使い慣れた客室に入りつつシグナルを手に。おいで、と呼ぶと現れる重厚な鎧。
「ごめんね、戦闘じゃないんだ。少し話し相手になってくれないかな?」
「…承知致しました」
喋れるんだ。声を発したところを見てないからそういうのはないのかと思ったんだけど。
おかげでボクが喋りっぱなしってことはなさそうだ。
「ほら、キミってボクの相棒じゃない? だから、もっと話してちゃんとお互いのことを理解したいんだ」
気楽にしてよ。何度も促してようやく鎧を外させることに成功した。
ベッドに腰掛けるボクに対して、彼は文机に備え付けられた椅子に座っている。
もうちょっとこっち来てくれないかなぁ。
「ねぇ、会話が遠いよ。こっち来て。これじゃ相棒じゃなくて主人と下僕だよ」
距離を感じる。理解するために話したいのに、この距離感だと対等じゃない。
そういうことを言って、ボクの隣に腰掛けさせる。
「それで、ね」
話を続けるふりをして油断を誘う。他愛もない話を振る。あと少し、もう少しで警戒が消える。
「キミの方はどうなの?」
「そうですね…」
言葉を探すために思惟に沈んだ彼の注意が逸れた。好機。
一瞬で紡ぐ痙攣のおまじない。完全に動きを封じる。
「言ったでしょ。キミのことを理解したいんだ」
驚いて見開かれた瞳を見下ろして、ボクは彼に跨った。


「…で、食っちゃったんだ?」
うん、そりゃもうぱっくりと。答えるとウォンツが感嘆の声をあげた。
「マジかよー。オレも食っちゃおうかな。え、ってか童貞だった?」
「可愛い女の子の肖像のロケットのペンダントが首に」
つまり、そういうこと。ウォンツが口笛を吹く。
あれから彼は呼び出してもボクから一定の距離を取る。
帰ってきたヴェステルに何があったと聞かれて顛末を答えるとお仕置きと称して犯されたけどそれは別の話。
「キツビーとか食い甲斐がありそうじゃね? オレいってみよーかなぁ」
「あ、それならいい薬があるよ」
お仕事で使うものだけども。前置きしてウォンツにメモ帳を出させる。
レシピを口に出さないのは誰かに聞かれるとやばいシロモノだから。
ボクは手帳なんて持ってないから、彼のメモ帳にレシピを書きつけていく。
コリアンダーの巣窟のクラゲノコの胞子が20ミリポッズ、水とマジカルキュア、あと雑多な薬品。
材料自体はバッカニア商会で取り扱ってるから調達は簡単なはず。クラゲノコの胞子はちょっと難しいかもしれないけど。
秘密なのはその調合方法。これはウォンツも知らないはず。
「なるほど。一回熱に反応させんのは盲点だったな、すげーじゃん」
「ヴェステルの家の書斎にあったんだよ」
どんな生き物だろうとも強制的に発情させる薬のレシピを眺めて感心するウォンツ。
本来その時期じゃない発情期を無理矢理呼び起こすから、副作用が結構怖い。文字通り命を削る。
「ま、1回くらいならヘーキっしょ」
「そうそう。正義の味方なんだから、これくらいの困難は乗り越えてもらわなきゃ」
くすくすと笑い合う。まるで悪いイタズラを思いついた子供のよう。
今からやるのはイタズラなんて生易しいものじゃないけど。
「どうなったか教えてねぇ」
「もち。んじゃ、今日はこのへんで!」


ばいばーい、と別れたいつものお茶会。


さて、どうなるかなぁ。