「…気が滅入るな…。」
「酷いですね、こんなに可愛い恋人と二人っきりだというのに。僕せつなさのあまり泣いてしまいますよ?」
「お前なぁ…。」
盛大な溜息を吐いた氷雨が、おもむろに右腕を持ちあげる。その瞬間腕に何者かが飛びかかってきた。剣で勢いよく斬りつけられたが、氷を纏ったその腕はびくともしない。
今度は小さく息を吐き、背中を時雨の背へそっと預けた。
背を合わせる二人の周囲には、十を超える人間がそれぞれ武器を構えていた。
「そういう話は後にしろ…。」
「ふふ、自分から話し始めたクセに。」
「うるせぇ、なッ!」
力を込めて右腕を薙いだ。飛ばされた相手が落ちるより速く、振りおろした氷の爪で頭蓋を砕く。たっと地を蹴ったのは二人同時だった。
「あはっ、先輩かぁわいい。僕は最高の気分ですよ?愛しい先輩と二人きりですもの。ね?」
コートをふわりとたなびかせて、宙を跳ぶ時雨は花が咲くような笑顔を見せた。でも、ね?瞳から光が消える。
次の瞬間には辺り一帯の人間に手裏剣が刺さっていた。投げるモーションなど少しも見せなかったのに。軽微な痛みに怯んだその顔が、次々と苦悶の表情で崩れ落ちた。死体山の中で時雨は一人、にっこりと、愛らしく。
「先輩以外のギャラリーは、余計なゴミだと思いません?」

「相っ変わらず容赦ねーなぁ…。」
そうぼやきながらも氷雨の足は止まらない。剣を振りあげたその懐に飛び込み、爪で一閃。落ちる肉塊を踏みつけて駆け抜けて、怯んでいる別の敵へ飛び込んだ。目を瞠ったまま宙を舞う首。次々と噴き上がる血潮。氷雨は見向きもしない。服がべたべたに汚れようと、気にもしない。
いいだけ始末して尚、憂鬱な溜息が小さく零れた。
「…なんつーか、な。やっぱ、やりづれぇな。」
盗賊団の始末依頼、ってのはよ。
呟いた瞬間、ぐんっと頭が強く後ろへ引っ張られた。驚いた氷雨が目だけで振り向くと、氷雨の髪をひっつかんだ盗賊が高々とナイフを振りあげ…

風が吹いた。盗賊の両腕が、綺麗に孤を描いて空へ飛ぶ。
迸りかけた絶叫は、喉ごとぐしゃりと踏みつぶされた。
「…何、先輩の髪触ってるんですかね。下種が。」
踏み潰した時雨が無表情に呟く。ぞっとする程冷たい声色だったが、顔を上げた時にはいつもの笑顔が貼りついていた。
「先輩、お怪我は?」
「無い。…わり、さんきゅな。」
「本当ですね、お間抜けさん。仕事中にくっだらない事考えて背後取られちゃ世話ありません。」
「だぁから悪かったっ…」
て、と言いかけた唇が塞がれる。
絡まる舌が、意地悪く酸素を奪う。ぷはっと解放された氷雨の頬を、血濡れた指が撫ぜた。


「本当、くだらないにも程がありますよ。」
薄く笑む唇。ひたりと見つめる、赤い瞳。
「貴方は今、『Rains』の、そして僕の、氷雨先輩でしょう?」




あかいろの


(あかい唇に乗せて。)

fin.