その余裕しゃくしゃくなツラを見ていると、焦りにも似た苛立ちがじんわり立ち上るのだ。

(…腹立つなーコイツ…。)
手は書類を漁りながらも、横目でちらと客人を見る。視線の先ではグラオが特に表情無いまま綺麗に正座している。一応ここは樂の部屋であり何か罠がかけられていてもおかしくない空間なのだが、グラオには特に気負った様子は見られなかった。考えすぎかもしれないが。コイツは気を張り詰めた時でも気負った様子など見せないのかもしれないが。
丁度手がけている新薬の研究が煮詰まってるのも相まって。
半ば八つ当たりのように、苛立ちがグラオへと向かっていった。

グラオ。その体内に無数の毒を注入し武器とする忍。
樂にとってこれほど興味深いサンプルはない。もちろん研究してみたいに決まってる。のだが。
グラオに自作の毒を投与できたのは初体面の戦闘時だけ。後にも先にもあれっきりだ。
勿論あんな戦闘中の投与じゃデータ採取もあったもんじゃない。それから何度も実験にと投与を試みたが、相手も毒使い。いつも嗅ぎつけられてかわされるのだ。
あまつさえわざと毒を飲んでみせ、効かない事を見せつける事もあった。
おそらく中和したのだろう。飲んだ毒を素早く分析し、それに見合う体内毒を操作して。毒薬作りに生涯捧げてきた樂にとって、これほど悔しい事は無かった。

…思い出すと尚腹が立ってくる。くしゃ、と書類を握り潰しかけたがすんでのところでセーブした。
ほんっとこいつ何飲ませても効きやしない。バケモンか。いやうんバケモンだな知ってる。ああ腹立たしい。とっとと死んでその死体寄越しやがれってんだ。
なかなか手の進まない樂に焦れたのか、グラオは小さく眉根を寄せた。
「……まだ見つからないんです?」
「え?あー……わりぃなまだだわ。どーこやったかなぁ…。」
今は何してるかと言うと、グラオの毒制御に要る薬の仕入れ先を調べているところだ。丁度切らしてしまっていた。
…とはいえ、こんなもやもやしてる頭じゃ見つかるものも見つからない。
樂はひとつ、とげとげした溜息をついた。…ちっと憂さ晴らしでもするか。ほんの気分転換代わりに。

「ああそうだ、さっきカシミアがコレ淹れてくれてよ。ヒマなら飲んで待ってな。」

ことん、と湯のみを差し出した。
…グラオが眉根を寄せて疑っているのがわかったが、樂は背を向けてがさごそと本棚に逃げていた。
(…つったってどーせ効きゃしねぇよ。)
こっそりと肩をすくめてみせる。その湯のみには確かに手製の毒が塗りつけてあるが、効果が弱いのだ。ほんの少し身体がだるくなる程度しか効き目のない失敗作。
だから香りだって全然しないだろ?ちらと盗みみればその通りだったらしく、グラオは毒を嗅ぎつけた様子はない。毒ではないと判断したのか素直に一口口をつけた。
こんなものガキの遊びだ遊び。ちょっとした気分転換。
随分と生産性のない遊びだ…と、虚しくなった樂はさらに重たい溜息をついた。


とんっ、と。畳みに湯のみが落ちる音がしたのは、それからまもなくの事。


…え?音に樂が振り向くと、その目が驚愕に瞠った。
グラオが湯のみを取り落としていた。その手はかたかたと小刻みに震えている。こちらの目も驚きに見開かれており、汗が頬を湿らせていた。
なるべくノーリアクションで耐えきろう、としたらしいが無理だったようだ。
胸元をぎゅっと握りしめ、ぐらりと身体が傾いだ。

…おいどういうことだコレ。驚いてるのは樂も同じ。零れた茶を拭く事も忘れ、樂はグラオへと歩み寄った。
床に倒れ伏したグラオの身体は、脈打つようにびくびくと震えている。額にも首にも脂汗が浮いていた。歯を食いしばってはいるが、時折堪え切れないように苦しげな吐息が零れ落ちる。
あの毒にこんな効果はなかったはずだが…?
呆然とする樂と、グラオの目が合った。
「……ッ何、を……仕込みやがった、クソ海月…。」
目が合った。眼鏡越しの赤い目に。
苦痛と恐怖でかき乱された、虚ろで切羽詰まったその目に。
見慣れた余裕しゃくしゃくな様子など、欠片も残っていないその目に。

無意識に。樂は自分の口元へ、手をやった。
手の中で確かに感じる、口端の釣り上がる感触。

捕えた。

水を漂う無数の触手が、蓮から蛙を引きずりこむ。



「……教えて欲しいか?」
その手をゆっくり口元から離すと、グラオの頭へすぅと伸ばした。
ぐしゃりと黒髪をわしづかむ。
びくんと痛みに身じろいだのがわかった。髪も脂汗にしっとりと湿っている。その一つ一つが滑稽で。無様で。
樂はもう、笑みを抑えなどしなかった。



柘榴に


「いーぜェ、ゆっくり効き目を教えてやるよ…てめぇの身体になァ。」

fin.