着物の裾で両の手くるみ、間でゆらゆらと徳利が揺れる。
あちあち、と呟きながら蘭斗は早足に廊下を進んだ。そのくせ廊下は一足ごとに冷たい。すっかり秋風が冷たい季節だった。紅葉は好きだけど、北風は勘弁願いてーなぁ。
けれど、寒くなってきたからこその楽しみもある。
行儀悪く足で襖を開けて、蘭斗は自室に戻ってきた。散らばる書類をぺいっと払って、できた隙間に徳利を置いた。徳利はまだ熱い。ほこほことたつ湯気に蘭斗の頬も緩んだ。
熱燗。それもとびきりお気に入りの日本酒で。
寒くなってきたらやっぱコレだよなぁ。
るんるんと髪飾りを揺らしながらつまみと猪口を用意して。零さぬようそっと注いでいたら、突然の衝撃で手元が狂った。
「……いーーいもん飲んでんじゃねェかよたーいーしょー…。」
ラグナだった。いつのまに来てたんだいつのまに。背中にべったりと抱きつかれるまでまるで気付かなかった。…まさか熱燗飲みたさに気配読めなかった、なんてことではないと信じたい。信じたい。うんきっと気配消してたに違いないそうだよな?な?
ラグナはそんな葛藤などまるで気付かずうらめしそうに熱燗を見ている。ようやく衝撃から我に返った蘭斗は、着物に酒を零したと気がついた。やば。
「…おい。ふざけんなてめぇ熱燗零れたじゃねぇか。どうしてくれんだ。」
「熱燗いーいーなー俺にもくれよぉさみぃよぉ。」
「ふざけんなつってんだろ。人の熱燗零させた上に寄越せとはふてぇ野郎だな。」
徳利を書き物机に置いた蘭斗はその手でラグナをぎうとつねった。ほんとふざけんなマジ。熱燗零れた。俺の熱燗。俺の熱燗。段々と恨みが濃くなりつねる力も強くなる。
つねられたラグナは大した抵抗もなく、しまりのない顔でぐったりとしていた。こころなしか頭の触角もへたってるように見える。
「んだよ大将のケチ…ひとでなし…寒さに震える俺様に暖分けてやる甲斐性はねェのかよー…。」
「てめぇにやる甲斐性なんぞあるか。俺の甲斐性はウチの連中にやるもんだ。」
「ブッ殺すこの提灯アンコウ…。」
「今のお前なら余裕で殺り返せる気がする。…つーかそんなさみぃのか。」
さみぃよ何大将お前今日外出てねーのニートなの外やべぇって急にさみぃってさみぃってええええ。一言尋ねただけで随分ぴーちくぱーちく返された。
いや外には出たが。普通に仕事でも出たし庭にも出たが。そこまで凍える程寒かったか…?と首を傾げてはたと気がついた。ラグナの格好は普段見慣れてるものそのまま。そのままだ。
「………お前さ。馬鹿だろ。」
「んだとコラ…。」
「てめぇに足りないのは熱燗よりこっちだ。」
そう言うと。蘭斗は羽織をばさりと脱ぎラグナにかけた。そこまで体格に大差はないから、羽織はすっぽりラグナを包む。
さほど厚手の生地ではなくとも素肌よりは格段に温かい。そしてほんのりと残る持ち主の体温。
ぱちくり瞬くラグナと目を合わせ、蘭斗はに、と笑んでみせた。

「…貸し一つ、な?」

その笑みに思わず言葉を奪われ。ぱちりと瞠った目には蘭斗の笑みが至近距離で映る。
我に返り、何か言い返してやりたかったが、思った以上にあったかくて頭がとろかされてく。なんとか言えたのは一言だけ。

「………ばーか。」
「んだとてめぇ。羽織はぎとんぞ。」




冬の

fin.